ギザ10の製造枚数 昭和26〜33年の8年銘

ギザのある10円玉(ギザ10)は昭和26年から33年までの8年銘で、造幣局の表の合計は1,773,000千枚(約17億7,300万枚)です。昭和31年は製造0、最も少ないのは昭和33年の25,000千枚(約2,500万枚)、最も多いのは昭和29年の520,900千枚(約5億2,090万枚)です。

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10円青銅貨の年銘別製造枚数。ギザありの8年銘と、切り替わったあとのギザなし昭和34〜41年を並べました。

8年銘の枚数と順位

10円青銅貨(ギザあり)の年銘別製造枚数(昭和26年〜昭和33年・単位千枚・順位は少ない順)
年銘西暦製造枚数(千枚)およその枚数少ない順
昭和26年 1951 101,068 約1億107万枚 3位
昭和27年 1952 486,632 約4億8,663万枚 6位
昭和28年 1953 466,300 約4億6,630万枚 5位
昭和29年 1954 520,900 約5億2,090万枚 7位
昭和30年 1955 123,100 約1億2,310万枚 4位
昭和31年 1956 0 — 製造なし
昭和32年 1957 50,000 約5,000万枚 2位
昭和33年 1958 25,000 約2,500万枚 1位

製造のあった7年の中の順位です。製造0の昭和31年は順位に入れていません。少ない5年の行に色を付けています。合計 1,773,000千枚。

数字で分かること

8年銘のうち、昭和27・28・29年の3年はどれも4億枚を超え、この3年だけでギザ10全体の83%を占めます。反対に、昭和30年123,100千枚、昭和31年0、昭和32年50,000千枚、昭和33年25,000千枚と、後半の4年は少なくなっています。昭和26年の101,068千枚は発行が始まった年で、3番目に少ない年です。

昭和31年の欄は「0」で、昭和31年銘のギザ10は造られていません。同じ昭和31年には5円(楷書体)も0で、1円はまだアルミニウム貨の2年目(500,900千枚)、50円はニッケル貨(91,300千枚)でした。

ギザ10の合計は、10円青銅貨の全年銘(ギザあり+ギザなし、35,341,721千枚)の約5.0%です。ギザなしに変わった昭和34年は62,400千枚で、ギザなしの69年銘の中で2番目に少ない年でした。ギザなしの最少は令和5年の27,927千枚で、ギザ10の最少の昭和33年(25,000千枚)と同じ桁です。

ギザが付いて、なくなった理由

造幣局の貨幣Q&Aによると、硬貨のギザはもともと、金貨や銀貨の縁が削り取られるのを防ぐためと、その時の最高額面の硬貨であることを示すために付けられていました。10円青銅貨は昭和26年に当時の最高額面の硬貨として生まれたので、ギザが付きました。

昭和32年に100円銀貨(ギザあり)が出ると、ギザのある10円玉と見分けにくくなりました。そこで昭和34年に10円はギザの無い今の形に変わり、同じ年に50円は穴あき・ギザなしに、100円は図柄が稲穂に変わっています。財務省の通常貨幣一覧では、ギザありとギザなしの10円は、図柄(表:平等院鳳凰堂・唐草、裏:常盤木・10)も直径23.5mm・量目4.50gも同じです。

見分けるときに使えるのは、縁と年銘だけ

ギザありとギザなしの違いは縁だけなので、手元の10円玉がギザ10かどうかは、縁のギザと、年銘が昭和26〜33年の範囲にあることで分かります。昭和34年以降の年銘でギザがあるものは、造幣局の表には載っていません。このサイトはエラーコインの判定や真贋の鑑定、買取価格は扱っていません。

出典と更新日

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